そったく(啐啄)

自分に自信がなく、他人に合わせる事ばかりだった私が、どうやって自信と五感を取り戻して、会社を辞め自分らしい生き方を探しているのか、そんな日々を綴ります。

気付き

一人前になりかた。

2015/03/17

子どものとき、早く一人前になりたいと、思った。

自分でお金を稼げるようになったら一人前になれると思った。
でもお金を稼げるようになっても自分が一人前だと思えなかった。

実家をでたら一人前になれると思った。
でも一人で暮らし始めても一人前になれたと思えなかった。

仕事で成果を出したら一人前になれるのか、
結婚したら一人前になれるのか、それとも子どもができたら一人前になれるのか。

どうやったらあんな風にいろんな人から頼りにされ、人が集まるようになって
自信にあふれた一人前になれるんだろう
(これが私の一人前のイメージだったんです、多分)

最近ふと気付いたのは、

結局、一人前だと感じられるのは条件じゃない。
場所を変えても、仕事でいくらたくさん稼いでも、結婚しても子どもができてもそういうことは
多分関係なくて、

自分が自分を一人前だと思える事。

一人前の人がとるであろう行動をイメージし
勇気をだしてそれに沿った行動をすること。

それだけなのかもしれないと思う。

誰かから抱きしめられるのを待つんじゃなくて誰かを抱きしめてあげる事。
愛されるのを待つんじゃなくて自分が愛する事。

受け取るのは簡単。勇気はいらない。
でも、こちらから何かをするのは勇気がいる。
こちらから何かをしても、拒絶されるかもしれない。いらないって言われるかもしれない。
受け取ってもらえないかもしれない。

拒絶されるのは怖い。

受け取るだけだったら拒絶される事はない。
だけど、そこで勇気を出して踏み出して何かをする。与える。
それが一人前なのかもしれない。

だからといって、常に常に自分から動く、と言う事が一人前ではないと思う。
場合によっては「待つ」という選択も含まれると思う。
人によっては「待つ」事も怖い。

なぜなら、こちらから働きかけをしたら○にしろ×にしろ答えがすぐに出る。
○か×かわからない、と言う状態は
○×はっきりしている状態より堪え難いという人もいる。私もそうだった。
「待つ」必要があるときは「待つ」という選択もできる。
それが一人前かもしれない。
まだまだ自分は愛に溢れた人間とは言いがたいとわかっている。
少しずつ自分の中で勇気を育てていって

そうすれば自分の中の恐怖が減っていってその分愛がもっともっと溢れてくる、
そんなやり方で、愛を育てていきたいと思う。

-気付き