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[生き方図鑑7]生まれ故郷で自分の信念を貫き「変わった」事をし続けた60余年(2/3)

公開日: : 人物図鑑

最初から読みたい方は[生き方図鑑7]生まれ故郷で自分の信念を貫き「変わった」事をし続けた60余年(1/3)をご覧下さい。

長原さん1

しんぼうの時期

「人生バラ色だけど、大変な時期もあったわ」と長原さん。

結婚し、娘を一人授かったものの、その後奥さんと別れることに。その際、奥さんは子どもを置いていったんだそう。そして、両親が病気などのため相次いで要介護になったため、男手ひとつで介護をしながら娘さんを育てたんだそうです。

さらに37歳のとき町内会長をしたそうなんですが、その時の会計がなんと町内会費を使い込んだそう。その責任をなぜか長原さんが負わされ、当時63戸ほどの集落で村全体から村八分にされたんだといいます。
(村八分とは、村全体で決めた人を行事に加えない、という昔ながらの制度。残りの二分は葬式と火事のときで、そのときだけは助けるということなんだそうです。)

長原さんのいとこでやっぱり村八分になり、自殺した人がいるんだそう。それぐらい厳しい試練にもなり得る村八分をどのように乗り越えたというと、

「辛抱が大事、自分が悪い事をせずに誠実に生きていたら、わかってくれる人が2人、3人と現れてくる」そんなやり方で乗り越えられたんだそうです。
それと「村八分になっても、友だちがいっぱいつながっとったから平気だった」
「もし村十分あったらそこからゼロに落ちたら大けがするだろ、だけどすでに二分しか残っとらんかったらゼロに落ちてもちょっとのけがしかせんから逆にいいんじゃ。」
なんて冗談めかしていいながら大笑いしてみせてくれました。

東みよしに障がい児学級を初めて創設する。

東山地区の小学校でPTA会長になった時に、「我がの子はひとの子、ひとの子は我がの子」ということを繰り返し言っていたんだそう。

そのとき気になっていたのが、自閉症や知的障害など、いわゆる障害児を市内で受け入れる小学校がなかった事。どの学校も校長先生が受け入れを断っていたんだそうなんです。
それは良くないと思った長原さんは、「(勉強が理解できなくても)少なくとも良い悪いの判断は教えよう」と思い障害児学級の設立を決意しました。
設立を思い立った当初は、反対の声が強く、反対運動などもあったそう。それを変えたきっかけは「運動会」だったそうです。そこでは徒競走に障がいのある方が参加していたのですが、1番でゴールしかけていた子どもが、障害のある子が転んで走れなくなった時にわざわざ助け起こしにいって、手をつないで一緒にゴールしてあげたそうなんです。
それを見て、周りの大人達は「(障がい児と一緒に学ぶのは)ええことや」という風になり、一気に実現したんだそうです。
そして長原さんの関わっていた東山小学校で初めて5人の障害児を受け入れとなったそうです。

どうして、障害児学級を作ろうと思いたったんですか?と伺うと
冒頭の「我がの子はひとの子」と言う言葉のほかに、「当時は部落差別とかいろんな差別があった。そういう差別はいけないと思っていたから。」
との答えでした。

ここでも、長原さんのまっすぐな性格を感じました。

PTA活動でも真っすぐを貫く

長原さんがPTA会長をしている時(平成元年、2年)に、学校林の整備(間伐や枝打ち)を生徒たちと行っており、その活動を称えられて、緑化功労賞を受賞することになったんだそう。

授賞式は、徳島県神山町の全国植樹祭でおこなわれ、そこには天皇皇后両陛下もおいでになったんだそうです。

ところが当初、上の人からは授賞式には生徒は3人しか連れて行かさん、と言われたんだそう。それに対して長原さんは、「その3人はどないして選ぶんぞ?そんなんは差別ぞ。だったら、おまはんが来て選べ。」と。

結局、長原さんの院号でもある、よこまくれ(偉い人にものを言って)して、6年生11人全員で、授賞式に参加できることになったんだそうです。その際には、5年生の生徒で、「しあわせのうた」の東山バージョンを替え歌で作詞し、みんなで天皇皇后両陛下の前で披露したんだそうです。

 

 

ながはらさん3

ここからさらに、長原さんの信念に基づいた活動が続きます。続きは[生き方図鑑7]生まれ故郷で自分の信念を貫き「変わった」事をし続けた60余年(3/3)をご覧下さい。

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    現在は徳島の山奥にある宿に棲み着きながら面白いお話を収集しています。
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